熊高49会関西から

今年も残すところ1週間となりましたが、皆さま、お元気でお過ごしのことと思います。
さて、「熊高49会関西」の松永くん、大藪くんから、お便りが届いています。

☆松永くん(5室)から
本年2月の修楽旅行を契機に、2回目の関西在住の49会の忘年会を、12月2日に大阪で開催しました。1回目(9月2日)は10名参加、今回は12名参加と少しずつ輪が広がっています。関西在住の方、次回は是非ご参加ください。次回は来年3~4月に同窓会開催予定。幹事:坂本、青木、上床、松永

12月2日の出席者は12名:
後列左から 宮地、武石、坂本、松永、大橋、中野、平原(広島から参加)、大藪
前列左から 青木、谷口、西野、上床

☆大藪くん(8室)から
修楽旅行
京都在住  大藪 泰

緊張して京都駅のホームで待った。平成29年2月10日正午、一人で大阪からの新快速を待った。本当に緊張していた、なぜ緊張するのか分からないままだった。熊高49会の修楽旅行、「京都ではしっかり面倒見てくれ」と、堀坂と金森に頼まれた。新大阪で新幹線下車、新快速に乗り継いだ49会面々を、まずは京都駅でお迎え。その2週間前に左脚甲を骨折、当日の午前に整形外科で無理矢理にギブスを外してもらい、医者曰く「責任は自分で」と。松葉杖で49会のお迎え、幸にこの松葉杖が大藪の目印になった。
京都で35年、嵐山から徒歩10分ぐらいのところで暮らしている。昭和47年2月28日、雪の嵐山で修学旅行の記念写真を撮った。その地で暮らすことになり、2度目の修楽旅行を住居地で。そしてこの日もなぜか大雪、何の因果か。
新快速がホームに着いた。あっ、きっとあの集団だ、どこかで記憶に残る顔々。松葉杖を振り上げて、「大薮です」と挨拶、緊張はスーッとどこかへ行った。あとは怒涛の時間。早速昼食でビール会食。その後大雪の京都散策へ。熊高時代のテニス部仲間も、クラスは違うが少しヤンチャした仲間も、クラスメイトも、そして顔は覚えているが全く話したことのない49会メンバーも、いやいやこんな人居たっけ的なメンバーも、昭和49年卒業熊高同窓生というだけで、なぜか距離が無くなる。修学旅行から45年、卒業して43年、酸いも甘いも経験した大人の余裕と寛容、細かいことどうでもええやんけ、そんな仲間との時間、あっという間の京都と奈良の修楽旅行。参加して本当に良かった。
その後、夏と年末(写真)に関西在住の仲間で関西熊高49会の開催、ただ集まって飲んだだけ。でも修楽旅行に参加できなかった新たな仲間や広島から駆け付けた仲間も加わり、次回は大阪城で花見だとの勢い。人生100年、残り40年弱この楽しみがあると思うと、新たな生きるエネルギーになる。「人生は祭りだ」といった偉人に思いを寄せ、こんな機会を作っていただいた修楽旅行の幹事さんに心から感謝します。ありがとうございました。

「熊高49会関西から」への1件のフィードバック

  1. 久しぶりに逢って話をしたけど、大藪も大人になっていたナ。それに加えてこの文章。めちゃくちゃナイス。あいつ確か理系だったよな。

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